こんにちは、みえです。
CAN!Pスクールが開校して、3週間が経とうとしています。
プレ開校を行っていたこともあり、子どもも大人もスクールの活動や生活に慣れ、みんなで楽しく過ごしています。
3人そろう日はみんなとても楽しそうで、以前よりも関係性ができてきているような気がします。
そんな仲の良い3人ですが、先日もめる出来事がありました。
今回のブログでは、子どもたちのもめた出来事と、そのときわたしが考えたことお伝えします。
ヨギボーを使いたい
CAN!Pスクールのたたみの部屋にヨギボーに似たクッションを置いています。(ヨギボーではないのですが、これをみんなはヨギボーと呼んでいます。)
ヨギボーはスクールの子どもたちに人気で、朝や帰りのサークルや休憩のとき、このヨギボーに座ったり、寄りかかったりしている姿をよく見ます。
先日、基礎学習が始まるときに、Aちゃんが「今日ヨギボーを(今から)わたしが使いたい。」と言いました。
すると、B君が「いや、オレが使う。」と言って、取られないようにヨギボーに座りました。
わたしは、その2人はどうするかな?と思って少し見ていましたが、どっちも使いたいと主張してゆずりません。
わたしが、Cちゃんにもヨギボーを使いたいか尋ねてみると、Cちゃんもヨギボーを使いたいと思っています。
いつも仲の良い3人ですが、この場面では、みんな使いたいと言ってゆずりませんでした。
仲介役をする大人
わたしは、子どもたち同士でどうするか話し合えたらいいなと思い、少し見守っていました。
しかし、子ども同士の気持ちや言葉のやり取りがキャッチボールにならないので、わたしが「どうする?」と問いかけながら、お互いの気持ちを伝える仲介役をしました。
なかなかみんなが納得する案が出てこないので、わたしから「全員同じ時間ずつ、順番に使うのはどうか?」と提案してみましたが、それも嫌だと言う子がいて決まりません。
そのうち、Cちゃんが自分は使わなくていいと、2人にゆずってくれました。
AちゃんとB君のどちらが使うかを決めることになりました。
しかし、またそこで、じゃんけんで決めるか、あみだくじで決めるかで意見が分かれてしまいました。「“決め方を決めるための”じゃんけんをしてはどうか?」と意見が出て、そうすることに。
その結果、あみだくじで決めることになり、(そのあみだくじはCちゃんが作ってくれました)最終的にあみだくじの結果、B君がヨギボーを使うことに決定して、話を終えました。
そこから基礎学習に気持ちを切り替えようとするのですが、ヨギボーを誰が使うか決まったし、話し合って決めたはずなのに、なんだかみんなもわたしも気持ちがスッキリしていませんでした。
自分たちで話し合えるようになってほしい
ヨギボーを誰が使うか決めるために、こんなに時間をかける必要があるのか?と思う人もいらっしゃるかもしれません。
でも、無理やりわたしが「こうやって決めたらいい!」とか「もめるならヨギボーを使わないで!」とかは言いたくありませんでした。
わたしは、子ども自身が考える力、学ぶ力、行動する力をつけていってほしいと願っています。
だから、今回の出来事では、子どもが自分たちで話し合って解決する力をつけるための手助けをしたいと思い、大人のわたしが話を進めるのではなく、できるだけ子ども同士の気持ちを橋渡しする役に徹しました。(その結果、決めるのに時間がかかったのですが。)
そして、もう一つ。
CAN!Pスクールが目指す子ども像の中に、『思いやりある協働者』があります。
対人関係スキルや、他者尊重できる人になってほしいという願いがあります。
“ヨギボーを誰が使うか決まったはずなのに、なんだかみんなもわたしも気持ちがスッキリしていませんでした”と書きましたが、その理由はきっと、話し合いの際に『思いやりある協働者』になっていくための気持ちが十分ではなかったからだと思います。
相手の気持ちを想像するということが足りていなかったり、相手に対する言葉がトゲトゲしかったりしたのだと思います。
そして、わたしもあの場面で、みんなに『思いやりある協働者』になっていってほしいという自分の願いをきちんと伝えられていなかったなと、今になって思いました。
おわりに
今回は、子どもたちがもめた出来事と、子どもが自分たちで話し合って解決する力をつけてほしい、『思いやりある協働者』になっていってほしい、という思いで関わったことをお伝えしました。
どんな力でもそうですが、対人関係スキルや他者尊重する気持ちなど、すぐに身につくものではなく、いろいろな経験を積み重ねる中で身についていくものではないかと思います。
わたしもその経験に関わり、子どもの気持ちも聞きつつ、大人として自分の願いも伝えながら一緒に成長していきたいと思います。