こんにちは!CAN!Pラボスタッフのゆうやです。
子どもが勉強や工作をしている時、 「どこまでアドバイスしたらいいんだろう?」「どこまで手伝ってあげるべきなのかな?」と、関わり方のバランスに頭を悩ませたことはありませんか?
今回は、子どもたちがチャレンジしている時に、大人がどれくらい手を出すべきなのかについて、ラボではどのようなことを考えながら子どもたちのサポートをしているのかについてお伝えします。
すこしのサポートがあればできるレベル感
そもそものお話として、子どもたちが取り組む課題の難易度にはいくつかの段階があります。
「一人で楽にできること」と「一人ではまだ届かないこと」。そのちょうど間にある「大人のすこしサポートがあれば達成できる」というレベル感のことを、心理学や教育学では「発達の最近接領域」と呼びます。
この「発達の最近接領域」にある課題に挑戦することが、子どもの成長や学びを促すと言われています。 裏を返せば、「過不足のないサポート」によって、子どもたちのチャレンジが「発達の最近接領域」となるようにしていくことが、子どもの学びや成長にとって大切だということです。
手を出しすぎても、引きすぎてもいけない理由
では、大人のサポートが多すぎたり少なすぎたりすると、子どもたちの中でどんなことが起こるのでしょうか?
まず、大人が手を出しすぎてしまうと、子どもが自分の頭と体をフルに使い、試行錯誤する貴重なチャンスを奪ってしまうことになります。 一方で、手を出さなさすぎると、子どもは自分が簡単にできることばかりに挑戦し続けて成長が停滞したり、課題が難しすぎた時に壁を乗り越えられず折れてしまったりします。
例えば、CAN!Pラボジュニアで木工工作に取り組んだ際、子どもたちはのこぎりで木を切ることに挑戦しました。
子どもたちがのこぎりの扱いに苦戦している時、「難しいから」と言ってそのほとんどを大人がすべて切ってあげてしまったらどうでしょう? それでは、「どのように動かせばうまく切れるのか」を体感できないまま終わってしまいます。
逆に、一切手助けをせずに放置してしまえば、子どもの中には「切りたかったのに、うまくいかなかった」という不完全燃焼感や挫折感だけが残ってしまうかもしれません。
だからこそ、過不足のないサポートが必要です。今回で言えば、
・切る量を調節する
・難しすぎる部分だけ補助をする
・別の扱いやすい道具を用意する
といったサポートをしました。結果的に、子どもたちはのこぎりの使い方を体で学ぶことができたのではないかと思います。
一方、これらのサポートの匙加減は明確な線引きができるものではなく、どこまでもその子の「今」に合わせて調整が必要なものです。
「今日はもう少し見守るべきだったかな」「あそこは少し手を差し伸べた方がよかったかな」と、私たちも日々迷い、試行錯誤を重ねています。
「きれいすぎない作品」とすがすがしい顔
それでも、私が「過不足なくサポートできたかもしれない」と思える瞬間があります。
それは、壁を乗り越えた子どもたちが、すがすがしい顔で「きれいすぎない作品」を掲げて見せてくれた時です。私はこの姿を見るのが大好きです。
「きれいすぎない作品」は、大人の目から見れば「もっとここを綺麗に削れるのに」「もっと工夫できるのに」と思ってしまいがちです。 しかしそれこそが、子どもたちが自分の頭で考え、自分の手で試行錯誤したからこそ生まれた「誇れる不完全さ」です。
結果が完ぺきとは言えなくとも、子どもたちが胸を張ってすがすがしい顔をしているのは、「これは大人の力じゃなく、自分の力でやったんだ!」という揺るぎない自信なのではないでしょうか?
おわりに
子どもたちが「自分の力でやりきった!」という実感を得ていく先に、「熱中する探究者」が育っていくのだと私たちは信じています。
これからも手を出しすぎず、手を引きすぎない過不足のないかかわり方をを模索しながら、子どもたちの挑戦の伴走者として日々試行錯誤していきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!