こんにちは!原口です。
民間学童「CAN!Pアフタースクール」では、“子どもたちの主体性が輝く場”を、日々試行錯誤しながら創り続けています。
今日は、子どもたちの遊びがどうすればもっと自由に、もっと豊かに広がっていくのか—そんな視点から大人の在り方について考える中での気づきをお話しします。
大人って、もしかしてお邪魔?
CAN!Pアフタースクールでは、宿題などが終わった子どもたちが、「やりたいことを」「やりたいときに」「一緒にいたい人と」「過ごしたい場所で」自由に時間を過ごせます。
スタッフは安全面を見守りながら、時には一緒に遊び、時にはそっと距離をとりながら、子どもたちの姿を見守っています。
そんな日々の中で、「子どもの主体性が輝く場とは?」というテーマを深く考えるようになった4月。
これまで小さな問いとして心の片隅にあった違和感が、次第に大きく膨らんでいきました。
「大人がいることで、子どもたちの遊びの可能性に蓋をしているのではないか?」
遊びの中での気づき
この問いに至ったのには、いくつかのきっかけがありました。
例えば…
・大人の「危ないよ〜!」の一言で、中断されることがある。
(本当に止めた方がいい遊びなのか?)
・立って「見守っている」つもりでも、子どもからしたら“監視”されているように感じてしまうかもしれない。
(もっと違う見守り方があるのでは?)
そんな小さな気づきの積み重ねから、
「子どもの遊びが本当の意味で主体的になるためには、大人の存在を“消す”ことが必要かもしれない」
という仮説に至りました。
子どもプレーパークでの発見
その仮説を確かめるべく、週末に宗像市にあるWithWind運営の「冒険遊び場(子どもプレーパーク)」を訪れました。
ここは、裏山のような自然のフィールドに、子どもが自由に使える道具倉庫があり、子どもたちが遊びをつくり出す場所です。
火を囲んでカップラーメン用のお湯を沸かしたり、子どもが落ち葉をくべて楽しんだりと、大人も子どももやりたいことを尊重し合える空間がありました。
未就学児から小学生、保護者の方まで、さまざまな人たちが思い思いに過ごしていて、まるで「自分の庭」のような心地よさがありました。(対象年齢は0歳から200歳までとのこと。)
ソリとたんぽぽの“等価交換”
特に印象的だったのが、私の息子が草スキーをしていたときのこと。
そのソリを「貸してほしい」とやってきた男の子が、たんぽぽを一輪差し出してきたのです。
なんと、たんぽぽとソリの“等価交換”が始まったのです。
こんな原始的かつ本質的なやり取りを子どもは自然に生み出すんだな、と思わず唸りました。
大人が「ほら、譲ってあげなよ」なんて言わなくても、子どもたちにはちゃんと自分たちで解決する力があるんですね。
「関わりすぎない」という愛
子どもプレーパークの代表の方との会話の中にも、大きなヒントがありました。
「子どもは自ら解決する力、遊びを発見する力を持っている。だから大人はその邪魔をしないようにしている」
「子どもが予知できない危険は大人が取り除くけど、それ以外のリスクは“残す”ことで遊びながら成長する」
「大人はつい、先回りして教えたくなってしまうけれど、子どもはいつか“自分で知る”日に出会う。それを待ってあげてほしい。」
これは、子どもを信じて待つ、「もうひとつの愛のかたち」だと私は感じました。
おとなを、ひとつ後ろへ
この体験から、CAN!Pでのかかわり方を見直すきっかけをいただきました。
大人の存在が、子どもたちの遊びや挑戦の幅を狭めてしまうものではなく、
子どもたちが自分の力を信じ、広げていくことをそっと後ろから支える存在であるためにはどうすればよいか?を日々問い、実践し続けたいと思います。
未熟なところも、模索中なところもまだまだたくさんあります。
けれど、この終わりのない探究の先に、「子どもの主体性が本当に輝く場」があると信じています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
それでは、また。