アニメ『チ。』と、子どもたちから学ぶ「探究」という生きる喜び

こんにちは!ぶいちゃんです。 

近年、中学校や高校の授業でも「探究活動」が本格的に組み込まれるようになりました。

しかし現場からは、「テーマをどう決めたらいいか分からない」「どう進めればいいか悩んでいる」という子どもたちの声が多く聞かれます。

なぜ、自分の「知りたい」「やってみたい」を深める「探究」が、これほど難しくなってしまったのでしょうか。

隠されてしまう、かつての好奇心

「赤ちゃんは究極の探究者」という言葉があります。

赤ちゃんは誰に言われずとも、見るもの触れるものすべてに目を輝かせ、世界を探索しています。しかし、成長して学校や社会の構造に入るにつれ、その純粋な衝動はいつの間にか変化していきます。

事実、文部科学省の調査研究でも、新しいものに広く興味を持つ「拡散的好奇心」は、中学生よりも小学生のほうが高いというデータが出ています¹⁾。

年齢が上がり、評価を意識するにつれて、私たちは「何にでもワクワクする気持ち」に少しずつブレーキをかけるようになり、自分だけの問いを見つけることが難しくなってしまうのです。

かつての私もそうでした。「学ぶ意味」を深く考えず、ひたすら暗記や入試の攻略法を詰め込むだけの勉強を続け、大学での専攻も「一番苦手意識が少なかったから」という消去法の選択でした。「全然わからなくて面白くない」とモヤモヤを抱えたまま、長い間、自分の内側にある「もっと知りたい」というスイッチの押し方を忘れてしまっていました。

1)文部科学省委託調査 学力調査を活用した専門的な課題分析に関する調査研究 (全国学力・学習状況調査の結果を活用した専門的な分析)https://www.mext.go.jp/content/20220715-mxt_soseisk02-000023326_1.pdf

大人になって再会した、人生が輝く瞬間

そんな私が、大人になってから「探究の面白さ」に再度気づく瞬間が訪れます。

私は社会に出てから2年間、福岡市科学館サイエンスコミュニケーターとして活動し、科学の世界の「なぜ?」「なんで?」をひたすら追求する仕事にどっぷりと浸かりました。

それはまさに、子供の時に誰もが持っていた「これ不思議だな」「どうしてこうなるんだろう?」という純粋な問いを、自分の手でとことん深めていく作業でした。不思議の核心に触れ、謎が解き明かされた瞬間の喜び。人生が内側からキラキラと輝いていたように思います。

「探究」に出会ったことで、私の人生の味わいは変わり、生きる喜びが確実に増しました。

大きな風船がドライヤーで浮くか試しているところ

アニメ『チ。』が教えてくれた「生きる喜び」

そんな私の実感に、最近深く突き刺さった作品が、アニメ『チ。―地球の運動について―』です。

地動説を信じることが異端とされ、命を奪われた過酷な時代。その中で、大人たちがそれぞれのアプローチで真理を必死に追い求め、命を懸けてそのバトンを繋いでいく姿が描かれています。

物語の途中、探究者たちには例外なく「死」という終わりが訪れます。しかし、私が最も衝撃を受けたのは、キャラクターたちの「最後の表情の対比」でした。異端として命を奪われていくにもかかわらず、自らの意志で地動説を追い求めた探究者たちは、最期の瞬間にどこか満足げな「笑顔」を浮かべていたのです。一方で、自分で考えることを放棄し、組織のルールや既存の正解にすがって生きていた人々は、死の間際に激しい恐怖と「苦悩の顔」をして逝きました。

誰かに与えられた正解をただなぞるだけの「消去法の人生」は、終わりを迎えるときに苦悩を生む。しかし、自分の「知りたい」という意志に従って世界と向き合うこと。それこそが、人間に本当の「生きる喜び」をもたらすのだと、彼らの笑顔が証明していました。

TVアニメ「チ。 ―地球の運動について―」公式HPより

ラボでの経験が、未来の子どもたちの道標になる

この探究の熱量と生きる喜びは、キャンプラボの子供たちの姿にそのまま重なります。

ラボプロジェクトやマイプロジェクトに没頭する彼らの瞳は、いつもキラキラと輝いています。大人から言われたからではなく、「なんで?」「やってみたい!」という内側から湧き出る純粋な好奇心を原動力に動いているからです。

小学生の今の時期に、ラボで自分の「なぜ?なんで?」をとことん突き詰め、形にしたという圧倒的な探究の経験。それこそが、将来どんな環境に行っても決して枯れることのない「生きる喜びの種」になります。

前述した文科省のデータでは、一つのことを深く突き詰める力(特殊的好奇心)の根っこは、中高生になっても心の中に残り続けることが示されています。子どもたちが将来、学校の授業や人生の選択で「自分のやりたいことが分からない」と迷子になりそうなとき、ラボで培った「あのキラキラした探究の記憶」が、必ず自分だけの問いを立てて前を向くための強い道標になってくれるはずです。

CAN!Pラボの一年を振り返って、今私が思うCAN!Pラボの価値を書いてみました。

それでは、Hasta Pronto~!